長野県岡谷市:宮坂製糸工場見学ルポ
くすみの無い真っ白な天井を縦横に、しかし、整然と走る配管やケーブル。機能性を追及した工場には一様にアスリートの筋肉のような精悍な美しさを感じるものだ。それにしても、精密機器の母胎とも言える長野県岡谷市にあって、この工場は近隣に立ち並ぶ工場と様子が違う。
室内に満ちた、温かく、厚みを感じる空気は、絹糸製糸独特の香りを含んでいる。斜陽産業と呼ばれて久しい我が国の養蚕業にあって、特殊生糸生産を手掛ける株式会社宮坂製糸(長野県岡谷市)の製糸工場は、岡谷市の研究機関であった建物をすっかりリノベーションしてこの春に新しいスタートを切った。
工場内には6デニールというおそろしく繊細な糸を繰るものから、200粒から300粒の繭の糸を一度に縒った豪快な糸を生み出すものまで、用途に応じた多様な繰糸機が並ぶ。コンピュータ制御の最新鋭の繰糸機を脇目に隣の部屋へ足を運ぶと、幕末から続く伝統的な繰糸技術を今に伝える熟練の職員の姿が視界に飛び込んでくる。
世界遺産登録を目前にして湧く富岡製糸場内に整然と並ぶ繰糸機を製造した片倉工業も、実は岡谷市に生まれた企業である。そういった意味で、岡谷市は我が国の近代化を支えた養蚕業のルーツの一つとして圧倒的な存在感を放っている。今年の8月1日には、この宮坂製糸の工場に隣接して、岡谷市立蚕糸博物館がリニューアルオープンをする。実は宮坂製糸の工場も、この博物館の展示の一部として製糸の生の現場を広く公開するために、博物館の隣に引っ越してきたという。
今年はフランスとの交流を通して皇后陛下が紅葉山御養蚕所で御養蚕される小石丸が脚光を浴び、富岡製糸場とシルク産業遺産群の世界遺産登録が目前に迫り、と、我が国の養蚕業が再確認された年として後に振り返られるかもしれない。岡谷市の蚕糸博物館と、宮坂製糸の工場のリニューアルオープンも、現代の我が国の養蚕業の底力を知らしめるという意味で、重要な役割を担うに違いない。
(佐伯)